今、書きたいこと、伝えたいこと

Webメディアの編集者/ライター「木谷宗義」が仕事の本題とは関係ないことを書くブログ

受け入れる感覚を持ちづつけたい

トヨタC-HRの販売好調が伝えられている。ある程度の台数が売れたら落ち着いてしまうんだろうけど、ひとまずあの思い切ったデザインは受け入れられたってことでしょう。

Twitter検索してみても、「C-HRカッコいい」という意見が多くて、否定するようなツイートはほとんどない。「値段高い~」というのはあるけども。。。

そんなとき、あるFacebook投稿についていたコメントが否定するものばかりでがっかりした。コメント主はクルマ好きのおじさんたちだ。

それは「若者狙い」というターゲティングがうまくいったという表れでもあるかもしれないけど、クルマ好きオヤジ(特に輸入車好き)のアンチ国産車(特にトヨタ)は過ぎてるなぁと思う。いつも理由なく無理だと言ったり「◯◯のパクり」だと言ったり。例外的に認められたシエンタは、「シトロエンみたいでカッコいい」とか言ってたくせに…とか思っちゃう。

パクり論争と言えば、ホンダ ヴェゼルが出たとき、「DS4のパクりだ」という意見が多かった。でも、それは車格やコンセプトが同じだから背格好が似ているだけのこと。「アクセラはゴルフのパクりだ」なんて言わないよね。。。

デザインに好き嫌いがあるのは当たり前。嫌いなら嫌いで構わない。でも、その存在を否定するのは違うと思う。クルマだって商品である以上、売れるように考えて作られているし、事実それで売れている。それはただ「好みに合わなかっただけ」なんだ。

そう考えると若者に受けてクルマ好きオヤジに拒絶されるC-HRは、商品として成功なんだろう。そして街で見かける機会が増えたら、そのデザインも徐々に馴染んでいくんだろう。アルファードだってプリウスだってそうだった。それが新しいデザインってもんだ。

クルマのデザインに関わらず「嫌い」はあっていい。だけど否定から入ると、その先は膨らまない。年齢を重ねると新しいものが受け入れづらくなるというのはあるのだろう。僕も35歳になって「新しいものが面倒くさい」という気持ちが悲しいけれどわかるようになってきた。「今までので十分、満足だし」と。。。

でも、それじゃあつまらないし、世の中に取り残されていく。新しいものを楽しめる感覚はいつまでも持っているようにしたい。

ちなみに僕はC-HRはいい形だと思っている。SUVは自分の暮らしの中に入るクルマではないけれど、「新しい形、出てきたな」と思うし、「やりすぎぐらいが新しい」と思うから。C-HRが本当に受け入れられたかどうかは半年後、1年後にわかるでしょう。